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東京地方裁判所 平成元年(ヨ)2055号 決定

債権者

ブーン・カンパニー

右代表者社長・取締役会会長

ティー・ブーン・ピケンズ

右代理人弁護士

三宅能生

外九名

債務者

株式会社小糸製作所

右代表者代表取締役

松浦髙雄

右代理人弁護士

西村利郎

外一二名

主文

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

理由

一申請の趣旨及び理由

1  申請の趣旨

債務者は、昭和六三年三月三一日に終了する事業年度分の法人税確定申告書控及び平成元年三月三一日に終了する事業年度分の法人税確定申告書案(以下、両書類を合わせて「本件確定申告書控及び案」という。)を、債務者の本店において、営業時間内に限り、債権者又はその代理人に対し閲覧及び謄写(写真撮影を含む。)をさせなければならない。

2  申請の理由

債権者は、債務者の発行済株式総数一億六〇三四万八八四五株の一〇分の一以上に当たる三二四〇万株を有する株主であるが、債務者は、平成元年六月八日、債権者が理由を付した書面をもって行った「本件確定申告書控及び案」の閲覧謄写請求に対し、同各書類が、商法二九三条の六に規定する閲覧謄写請求権の対象たる「会計の書類」に当たらないとして、これを拒絶した。

しかし、法人税額は法人税確定申告書において算出され、算出された法人税額はその確定申告書を会計証拠として、会計帳簿である総勘定元帳中の法人税・住民税勘定及び未払法人税等勘定に記載され、さらに損益計算書上、税引前当期利益から控除される納付すべき法人税額として記載されるから、法人税確定申告書は商法二九三条の六に規定する「会計の書類」に当たり、その控及び案である「本件確定申告書控及び案」も閲覧謄写の対象となる。そして、債務者においては、損益計算書中の税引前当期利益の額に比して、法人税の課税標準たる所得の額が、同業他社に比べて極めて多額であり、このことは、債務者が、商法会計に従って税引前当期利益を算定するに当たり、不当な会計基準を採用するなどして、税引前当期利益を不当に低くしていると疑わせるものである。

債権者は、「本件確定申告書控及び案」を閲覧謄写して、同各書類中の加減算項目から、有価証券報告書などの公表されている財務諸表では把握できない事項、計数を了知したうえで、平成元年六月二九日に開催される債務者の定時株主総会において、この点について適切な質問権を行使し、利益処分案につき議決権を行使する必要があるので、本件仮処分を求める。

二当裁判所の判断

1  疎明資料によれば、債権者が債務者の発行済株式の総数の一〇分の一以上の株式を有する株主であることは認められるので、まず、「本件確定申告書控及び案」が、商法二九三条の六に規定する閲覧謄写請求権の対象にあたるか否かについて検討する。

(一) 商法二九三条の六は閲覧・謄写の対象を「会計の帳簿及び書類」と規定しており、ここにいう「会計の帳簿」とは、一定時期における営業上の財産及びその価額、並びに取引その他営業上の財産に影響を及ぼすべき事項を記載する帳簿、すなわち、総勘定元帳、日記帳、仕訳帳、補助簿等を意味し、「会計の書類」とは、右の会計の帳簿を作成する材料となった書類その他会計の帳簿を実質的に補充する書類を意味するものと解するのが相当である。

(二) そこで、「本件確定申告書控及び案」が、右にいう「会計の帳簿」又は「会計の書類」に当たるかについて考える。

(1)  疎明資料及び審尋の結果によれば、①債務者の総勘定元帳の法人税・住民税勘定及び未払法人税勘定には、毎月の経常利益に特別損益を加減算した月次利益額に申告調整を勘案して算出した納税引当金相当額を計上していること、②債務者の事業年度は毎年三月末に終了するが、四月下旬に事業年度の損益計算書を作成し、その際、これに計上する法人税額は、会計帳簿から必要な概数をその時点で可能な範囲で抽出して概算し(この概算に当たっては、整った書類が作成されることはなく、額の大きい申告調整事項の概数を抽出した計算書を作成するに過ぎない。)、この損益計算書が株主総会で承認の対象となること、③債務者の本来の法人税確定申告期限は五月末であるが、債務者は一か月の申告期限延長を認められており、五月末に見込納付をしているところ、その納付額は、その時点で可能な範囲で同年度の法人税額を試算して決定され、同金額は納付書に基づいて未払法人税勘定に計上されること、④法人税の確定申告は、その申告期限である六月末になされるが、課税所得額及び法人税額の算定は、株主総会で承認、確定した決算利益(損益計算書に記載されたもの)を基礎として、総勘定元帳等の記載をもとに所定の申告調整を施してなされ、これらは法人税確定申告書に記載されること、⑤確定申告における法人税額と見込納付額とに差額が生じて納付又は還付された額は、納付書等に基づいて未払法人税勘定に計上されること、⑥毎月の納税引当金相当額の合計と見込納付額及び確定申告納付額の間の差額の調整は、次年度の毎月の納税引当金額の算定においてこれを加味して行っていること、⑦以上のような会計処理方法をとっているため、債務者においては、およそ、法人税確定申告書の記載に基づいて総勘定元帳等への記帳がなされることはないこと、⑧このように、債務者の会計処理において、法人税確定申告書が「会計の帳簿」作成の材料となる余地はなく、むしろ、法人税確定申告書は、損益計算書及び会計の帳簿を材料にして作成される書類であること、以上の事実を認めることができる。

(2)  してみると、法人税確定申告書及びその控や案は、商法二九三条の六所定の「会計の帳簿」及び「会計の書類」に該当しないといわざるをえない。

2  よって、債権者の本件仮処分申請は、その被保全権利の疎明がなく、かつその疎明に代えて担保を立てさせることも相当でないので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官佐賀義史 裁判官垣内正)

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